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誇りを持つということ

誇りを持つということ

今回どうしても綴っておきたいこと

 私事と時事は滅多に取り上げない主義の、このコラムコーナーですが、今回どうしても綴っておきたいことがありましたので、書かせて戴きます。

看護師の存在

 今年2月に行った幸真会の発表会は、私の「網膜剥離」の退院直後という非常事態で臨んだものでした。
 先代である父は病弱に悩まされた生涯だったので、その息子である以上はと、内臓疾患や喉などは精一杯留意して参りましたが、まさか「眼」に来るとは!全く以って虚を突かれた悔しさをにじませたものでした。
 それでも第一段階は終了し、その後の先月下旬、予定通りの再入院再手術となり、漸くにして「ほぼ完治」というレベルにまで達することができたのですが、この二回の入院で、心底感服したことがありました。
 ひょっとすると盲目になっていたかもしれない病状を救って下さった、主治医の技術と医学の進歩は、感嘆に値することは言うまでもないのですが、それ以上に特筆したいこと。それは「看護師の存在」です。

 近年、様々なジャンルで名称の変更が成されましたが、最も意義あるものの一つに、この「看護婦から看護師」が上げられると思います。
 介護福祉でさえ「士」であるのに、看護師は医師と同じ「師」の字を用いる辺り、「医療は究極のサービス業」と一方で揶揄されはするものの、やはりこれは、如何に高度な仕事内容であるかを、一目で納得させられるのですが、今回、私に接して下さった看護師の皆様方から感じたことは、ほぼ全員が「誇り」を持って看護に携わっておられるにも関わらず、それを殆ど表面に現さない謙虚さがあり、その上で、仕事としてのそれでは決してなく、真に患者のための看護に徹する姿勢が、にじみ出ていたことでした。

 そのお陰で、今回の一連で私が抱かざるを得なかった、苦痛や不安などのマイナス要因が、限りなく軽減されたのは勿論、時には快適とさえ思えるという程のものだったというのは、
決して過言ではないのです。

「医療」というジャンル

 国家資格(国際資格)であることは勿論、人の命と健康、尊厳に携わる、「医療」というジャンル。某TV局ドラマ「白い巨塔」により、危険且つ懐疑的なイメージがなくもないですが、
基本的には、人生と生活を脅かすものの一つである「病気」に対し、患者と、医師や看護師を初めとするプロのスタッフが対等に向き合う現場で、患者がそれを克服するまで共に闘い、或いは傍らでサポートするという業務。

 「小宇宙」とさえ言われ、未だ解明が成されていない部分もある「人体」故に、一人の患者を取り巻く業務領域は、医師のそれだけでは決してなく、看護師は勿論、検査技師や介護士も含まれ、しかも、それら一つひとつが受け持つ技術や仕事量、情報量は並大抵ではない。
だからこそ、資格としてこの職業に携わるのは、かなりの難関であり、それを突破し、プロと成り得た者だけが持つ誇りは、当然あってしかるべき。

 しかし肝心なのは、患者が患者でなくなるため。つまり病気を克服するためのプロであり、それが出来なければ、誇りも何もあったものではないのですよね。だからこそ、普通の人より頭がいいとか、お給料がいいとかのレベルで甘んじるのは、言語道断。

 医者も病気は避けられない現実にあって、自分ならどうして欲しいか、それをこの瞬間、高度な知識と技術を駆使して患者にフィードバックするという姿勢。そして勿論、自己満足ではなく、患者に安心し信頼してもらえること。
 これらを成し得た者だけが持つものこそ「真の誇り」と言えるのだと思うのです。

誇りを持てる仕事

 その意味にあって、私に関わって下さった看護師の皆様は、本当に誠心誠意、尽くして下さいました。因みに、昔気質の人なら「袖の下を沢山ばら撒いたからだろう」と想像するでしょうが、正直、私は一切しませんでしたし、病院側からの患者へのインフォメーションでも、

「お気遣いは全てお断りしております」
「病気が治られた明るい笑顔こそ私たちスタッフの最大の喜びです」

 と、はっきり明文化しています。ので、看護師の皆様の誠意は正真正銘だと、心底信じております。そんな看護師の皆様方を拝見して、

「誇りを持って生きたい」
「誇りを持てる仕事がしたい」

 と、改めて思いましたね。

 別に、自分に誇りが持ててないというわけではないのですが、社会的には傀儡に近い、今の私の立場からすると、「羨ましくってカッコイイ」 みたいな印象で見つめてしまいます。
 大部分の患者は、身体以上に、気持ち的にも病み、疲れ、不安と恐怖を抱えて横たわっており、そこへ優しく明るく接して下さったり、元気一杯なお仕事ぶりを拝見することで、こちらの気の病いの殆どは治ってしまうとも思える・・・

 そんな力が、看護師にはあるように思います。なかなかストレスの多い職業と伺っておりますが、今どきの殆どの患者は、それも承知しております。
 全くの受身ではなく、こちらも出来る限りスムースに看護されたいからと、ささやかな気持ちだけは持っておりますので、看護師の皆様方こそ、どうかお身体をお厭い下さいますように、また、そういう環境を有形無形に支え、整える、組織やシステム、全ての要素が、健全に進化し続けるように、願って止みません。

 それでこそ皆様の「誇り」は、ますます真のものとなっていくでしょうから。

 最後に、90%程まで視力が回復できたことが、嬉しさとして実感できた出来事。

 それは、一回目の手術の2日前に生まれた次男を、やっと自分の眼で正確に見れたことと、飛んでいる蚊を両手で打てたことの(笑) 

 二つでした。「当たり前」は「有難い」のです。