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わが青春の吹奏楽02

わが青春の吹奏楽02

暫くしてから僕は、父の勧めで楽器を買いました。
既に日本民謡を生業としていた父としては「楽器を練習するなら購入は当たり前」という考え方からでした。音楽に多少なりと経験のある方なら、この理論は至極当然と受け止められるものでしょう。
近所の方の紹介で、ヤマハのインペリアルモデルという、当時の中学生なら最初に持つには相応しいものを買いました。ところが・・・

間もなく僕は、他の一年生男子から嫌われ始めました。口を利いてくれず、廊下ですれ違っても横目で睨まれる、いわゆる「メンチを切る」状態、帰り道も一人っきり、食事も練習も一人っきり~
「イジメ」でした。
理由は、後から分かったことですが、楽器の購入を妬まれていたようでした。
成績優秀な部活動で先生も熱血指導者なら、楽器購入を積極的に斡旋する様相であることは、高校に入って有名中学出身者から聞いた話ですが、僕の所属していた部は、顧問の異動直後で、その意味で左程ではなく、先輩も含めた殆どの部員は学校の古い備品を使っておりました。
加えて、当時の僕はクラスの学級委員長でした。小学校時代は普通の一般性だったのが、どういう運命の悪戯かそういう運びになり、人一倍プレッシャーがあった上に、タダでさえ晩生な僕が、イジメによるトラウマで余計に練習に身が入らず、言わば「委員長のくせに、個人持ちのくせに、一番ヘタクソ!」という最悪の状態で、もう毎日が地獄でした。
今にして思えば、イジメは2ケ月間くらい続いたでしょうか。ただ幸いだったのは、当時はまだ「先生」に威厳があったことです。他のクラスの友人から部活の先輩を通じて顧問の先生に伝わり、練習に嫌気が差してサボっていた僕も含めて「お説教」というかたちで、事態はあっさりと収束に向かいました。「妬みによるイジメ」。これは図式としては単純ですが、僕は正直、当時を思い出すと今でも心が凍る思いです。

さて、人間関係は改善されたものの、次なる問題が持ち上がりました。
夏休みの合宿です。兵庫県北部でスキーでも有名な「ハチ高原」に二泊三日の合宿があるのです。ここで、全部員の前でアンサンブルを演奏する「ミニコンサート」というものがあるのですが~
前述のように晩生な僕は、その時期になってもまだ腕は上がらず、チューニングBすらおぼつかない状態でした。「トランペット」という楽器は、どんな曲でも旋律を受け持つ大事なパートなのに、各パートに分かれていた他の一年生男子と合わせても、まともにサウンドになる曲が見つからないのです。ただ、さすがにこの件でまたイジメられることはありませんでしたが(笑)一難去ってまた一難とは正にこのこと! どうにか選べた曲が、軍艦行進曲(笑) それも全曲は吹けないので、いわゆるTrio までとし、最初の「F]まである有名なフレーズは、何とかごまかしてと。・・・もう完全に道化です(苦)ドロナワで出発前夜、住吉川の河川敷で父に付き添われて夜な夜な練習に行ったものの、大した成果があるはずもなく、悲壮な心持ちで翌日バスに乗り込んだのでした。

さて、本番。
案の定、冒頭の華やかなフレーズは何度も失敗して止まり、その度に全部員の大笑いの渦。先生の「もう次から吹け」の指示で、どうにか低いメロディー部分をごまかしごまかし吹き終え、お情けの拍手でなんとかヤマを越えることができました。そんなヘタなのは一年生男子だけ、それも全て僕がただ足を引っ張っていたのでした。かたや先輩方は本当に上手くって、もう茫然自失・・・
そんなミニコンが終わって夕食までの時間、僕は草むらに隠れて、一人泣いたのでした。