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コラボ! 次々に生まれた曲たち(2)(3)

コラボ! 次々に生まれた曲たち(2)(3)

二曲目は、宮津節でした。
これも幸真会の発表会の場で演奏しました。

そして三曲目は、両津甚句でした。
二曲目同様に、幸真会発表会での演奏でした。

これらは両方とも、
その民謡曲のテーマを1ノートに解釈し、最初にトゥッティでテーマ、次に各プレーヤーのアドリブ、最後に再びトゥッティでテーマという、シンプルな構成でした。
パートは、洋楽器が友人のトランペットと後輩のサックス、和楽器が友人が叩く和太鼓と、僕の津軽三味線という編成でした。

ここで友人たちが異口同音に言っていたのは「ベースがないからサウンドに拠りどころがない」というものでした。
いま考えれば確かにそう思わなくはないです。しかし、僕の当時の無知ゆえか「それは頭が固いのでは?」と、心のどこかで思っていました。そういうありきたりな音楽なら、民謡JAZZにはならないのではと・・・ しかし、この次の作品から、彼らの要望が実現し、作風も劇的に変わることになるのです。

ある晩、頭の中にふと、あるフレーズが浮かんできました。原曲は宮崎県民謡「稗搗節」なのですが、8分の12拍子でバラード調、しかも元のテーマからかなりフェイクされており、楽譜で対照しないと、一度聴いただけでは稗搗節がモチーフだとは、恐らく誰も気付かないだろうほどでした。
この曲が後に「バラード稗搗節」として、聴く者は勿論、演奏する者さえも魅了する美しい曲として生まれ変わるのですが、それには、ある出来事のために、少々時間が費やされることになるのです。

それは、翌年の1月17日。
早朝に神戸を襲った、あの大震災です。僕の家は木っ端微塵。その後、二ヶ月間の高槻市を経て、赤穂市に三年間、転居を余儀なくされるのですが、ここから「広島」という新天地が開かれることから、流れが大きく変わることになるのです。
赤穂市は兵庫県の最も西に位置する「忠臣蔵」の小さな町。目の前はもう岡山県備前市です。ここから広島市へは、山陽自動車道で200km。
ですが、最初にご縁があったのは、中国道沿線で広島市から北東に60kmの位置にある三次市(みよしし)でした。ここで出逢ったジャズのメンバーから受けた影響によって、現在でも演奏する機会のある作品の、いくつかを産むことになるのです。

先に述べた「バラード稗搗節」は、一旦、自分の中で棚上げにされました。と言うのは、それよりも鮮烈に脳裏に沸き起こってきたものがあったからです。それは「花笠音頭」と「ブルース」との出会いでした。

「ブルース花笠音頭」

次回はまず、この曲からお話しすることにいたします。