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時事雑感「イラク戦争」

時事雑感「イラク戦争」

 このテーマは語るまいと思っていました。「特定の宗教色と政治色は出さない」が自身のモットーでしたから・・・でも、やはり言葉に残しておく事にしました。

 大方の意見は「戦争反対」です。

これは当たり前! 小生も戦争は反対です。

神戸でまともに空襲の下をかいくぐって生き残った亡き父、母、祖母などから、戦争の恐さ、悲惨さは教えられておりますし、

あらゆる様々な角度から見ても、戦争は禍根を千歳に残す最も不幸な出来事であり、今回に関してもそれは同様です。

案の定、誤爆などで犠牲になっているのは、戦争当事者や兵士ではなく、弱い立場の一般人で、

それがもし、自分の身内や愛する人、知り合いなどだったら、

悲しみや怒りの混ざった感情を抑え切れないでしょう。誰かを激しく恨むかも知れません。

 しかし、です。

今回の原因は、一体何なのでしょうか?

米国は「イラクを解放に導くため」と言っていますが、

かつて米国はイラクに武器を売り、支援していました。それがフセイン大統領という独裁者を生み、時を経て今回に至ったのです。

ならば米国は今回、自らの過去を清算したと言えるかも知れません。また、

大方の世論は「日本にとっては北朝鮮の問題があるから、ブッシュには従わざるを得ない」というものでしたが、

執拗なまでに過激な攻撃を繰り返す様を、メディアを通じて知らしめる事で、

同時に、北朝鮮を激しく牽制しているともとれます。これがもし確かなら「成る程、流石」と思います。

 政治家は時として、非情にならざるを得ません。それに、

凡人の我々があれこれ言ったところで、その胸中は決して計り知れません。

国家とは、あまりに多くの要素が複雑に絡み合って成り立っているものであり、

彼等はそのトップに立っている存在なのですから。例えばこれはあくまで個人的見解ですが、

神戸市を襲った阪神淡路大震災では、当時県庁の電話が4時間不通だったということですが、小生はふと、

「4時間待ったのでは?」と思いました。ギリギリまで被害を広めないと、真の復興は有り得ないからと・・・

話しを戻しますが、

ポイントは、戦争がいけないという「点」ではなく、

戦争でしか解決出来ない事態を招いてしまった、時間という「線」なのです。

その線上の主役は勿論、力の差こそあれ、老若男女一人ひとりであり、我々有権者である事を考えたとき、

戦争が始まったら、ただ「戦争犠牲者」と呼ばれるだけ、「悲劇のヒーロー」となるだけで、いいのでしょうか?

 フセイン大統領が事実上この世から消えた事で、イラクの未来が明るくなる可能性は格段に高まりましたが、

一時の治安の悪化だけを差して「アメリカの仕業だ」と叫ぶイラク国民をテレビで見た時、小生は、

アメリカ人が悪事を働いているのではなく、国内の不心得者が悪化させているのだから、

それは自国民の恥ととらまえるべきではないか、と思いました。

 日本にもかつて独裁者はいました。豊臣秀吉です。

彼に天下を取らせたきっかけは、明智光秀の謀反でした。ただあの時代、

一般庶民の持つ力は現代の比ではありませんでしたから、一人ひとりの責任とは言えず、これはあまり参考にはならないでしょう。

ならば近現代に於いては、田中角栄と言えるかもしれません。

亡くなった作家の故司馬遼太郎氏は、彼が総理大臣になった時、

「我々はとんでもない人物を首相にしてしまった」と嘆いたと言われています。

幸い日本には、敗戦を機とした平和憲法と議会制民主主義があったので、他国のそれほどまでには至りませんでしたが、

要するに「国民一人ひとりが責任感を以て生きるべきである」ということだと思います。

 米国の全てが正しいとは思いません。

ブッシュ大統領は、地球温暖化会議での京都議定書には「批准しない」と、傲慢ぶりを発揮していますから。

でも、トップというものは通常、常に自らの命以上のものを賭けてその時々を務めています。

それが、今回のイラクや北朝鮮のような不心得者が実権を握ってしまうのは、 

その国の政治の流れ上、致し方のない場合もあるでしょうが、

もう現代以降に於いては「国家の命運は我々一人ひとりに責任がある」と自覚した方がいいと思います。

ボーダーレスとか世界基準とか、是非はさておき、とかく物事のスケールが日に日に大きくなっていく昨今ですから、 

一般庶民といえども甘えずに、向上を心掛けて参りたいものです。