トップ » 我が青春の吹奏楽・・・ » わが青春の吹奏楽06

わが青春の吹奏楽06

わが青春の吹奏楽06

二年生の二学期のある日曜日、播磨中央公園での音楽関連の催しに向けた練習がありました。本山中学と御影中学、そして魚崎中学の3校吹奏楽部合同で「ロッキーのテーマ」と「ランドマーク序曲」の2曲を演奏することになりました。
普段、自分たちだけの練習、顧問の先生だけの指導というのが当たり前の環境にあって、他校との合同練習というのは非常に勉強になり、刺激になり、だいいち総勢100名にもなる大人数での合奏という経験! それはそれは効果絶大でした。

当時この3校の中で最も弱小だったのは、言わずもがなというか(苦)我が魚崎中吹奏楽部でした。人数はそこそこ多かったものの、レベルは圧倒的に低かったのです。他校の、大きな音、しっかりしたテクニックに、ただ圧倒されるばかりでした。

また、指揮をされる先生の指導力も勉強になりました。基礎レベルから徐々に要求を上げていき、個人差のある状況の中で合奏として如何にまとめていくか・・・ 僕が特に印象深かったのは、後に家内の恩師となる、当時御影中の富樫義彦先生でした。ご自身も市内の楽団に所属しておられる、言わば現役のプレーヤーでもあるので、音に対する厳しさは抜きん出ておられました。
今にして思えば、自分のレベルもそんなに見劣りするようなものではなかったのですが、上記のような環境の中で、僕は完全に飲まれていたわけです。本番までに合計3回ほどは合同練習したように覚えていますが、とうとう本番も含めて自分らしさを発揮するには至りませんでした。あれだけの大人数になると「甘え」もありますしねぇ~

本番当日は、授業をおおっぴらに休んで、おまけに大型の観光バスまでチャーターしてたのには驚きました。特権階級みたいとは大げさですが、やはり意気揚々とその日を楽しんだ記憶があります。そして本番も特に障りなく演奏できました。ただ前述の富樫先生が、生徒に混じってトロンボーンを吹いておられたのにも、驚きました。

その数週間後、今度は市の吹奏楽祭という行事で、上記と同じく「ランドマーク序曲」を魚崎中単独で演奏することになりました。大倉山文化ホールの大ホールという2000人も収容できる大きなホールで吹くのは初めてだったのですが、不思議と気負いはなく、一番大きな音で目立ちながら(笑)演奏し終えることができました。

ただこの時の思い出といえば、垂水中が演奏した岩井直薄編曲の「ウェストサイドストーリーメドレー」でした。超中学級といっても過言ではないその物凄い演奏は、今でも鮮明に脳裏に焼きついており、以後、高校であれ大学であれ、それを越えるウエストサイドを、いま現在に至るまで聴いたことがありません。本当に絶句ものだったのです。でも、この時それを聴けたことで、後に僕もそれを目標として、ウエストサイドを演奏する機会に恵まれたのでした。