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我が青春の吹奏楽07

我が青春の吹奏楽07

二年生の秋。
僕は生徒会副会長に立候補し、当選しました。するととたんに忙しくなって、部活動へはあまり行けなくなってしまいました。しかし、同じく吹奏楽部員で副会長となったN女史との距離が近くなり、彼女の音楽性に触発され、僕も「音楽」に対して本格的に目覚めていきました。

ある時、僕がまだ幼かった頃に叔母と一緒によく聴いていた「剣の舞」というLPレコードが棚から久しぶりに見つかったのをきっかけに、オーケストラにも興味を示していきました。このLP、ボストンポップスオーケストラの演奏で、指揮はアーサーフィドラー。他の曲目には、ラデッキー行進曲、ファウストのワルツ、天国と地獄、中央アジアの草原にてなどが収録されており、その当時でさえ昔の出来事とされていた録音盤なわけですから、往年の方はさぞ懐かしく思われると思うのですが、以来、自室に籠もってこのレコードを鳴らしながら、知り合いから戴いた古いギターをベース代わりにしてひたすら弾きまくったり、そのLP盤で気付いたことをN女史に話すと、彼女もそれと同等かそれ以上のコメントで応えてくれるなど~彼女とは本当に仲良く競い合ったものでした。

ある日、二年生でも特に音楽性が秀でていると思しき(自称かもですが「笑」)メンバーが数人集まって、チャイコフスキーのスラブ行進曲
をやってみようという運びになりました。勿論、ただのノリだけで、大したサウンドにはならなかったのですが、この一瞬の出来事のなかでさえ、そのメンバーの優劣が明らかになり、僕と彼女は益々頭角を現すようになっていくのです。

三年生。
以前この場でお話ししましたが、新一年生に対する部活動紹介では、吹奏楽部だけが模擬演奏をしていました。ここで演奏する何曲かの中で、テナーサックスのソロが必要な曲があって、それが当時の担当者(二年生)には難しかったので、已む無く僕がトランペットで吹くことになり、本番、さしたる無理もなく演奏できたのですが、これが思わぬ結果を招くことになりました。
新入生のパート希望で、なんとトランペットが20人以上にも膨れ上がったのです。明らかに上記のソロの影響でした。
急遽、
オーディションの形をとって3人にまで絞ったのですが、今にして思えばこのオーデションの方法、ちょっと可哀相でしたねぇ~(苦)マウスピースだけでキレイな音が出るかどうかというものだったのですから・・・出るわけねぇよなぁ~。でもまぁ、中学だし。しょうがないね。僕に落とされた当時のみんな、ゴメンなさいねm(_ _)m 笑
かくして、この当時で部員数約70名。三年生の僕とN女史を筆頭に、全体のレベルは弱小ながら巨大部活動として発展していきました。

5月に生徒会選挙があり、僕は会長に立候補したのですが、現職の会長に70票差で負けました。これは、副会長時代の僕が滅多に部活に行けなかったことを憂えた二年生たちが、新入生も含めて票を操作したからだという、まことしやかなウワサが流れていました。この落選から卒業まで、僕は一切の生徒会活動から身を引き、ただの一般生として部活に専念する日々を送ることになるのです。
やがて、
夏前の東灘陸上大会の音楽隊を経て、夏休みに入っていくのですが、この時僕は、とある初体験をするのでした。それは、N女史とその友人に誘われて高校のコンクール予選を聴きに行ったことでした。