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解説A15「稗搗節(宮崎)」

解説A15「稗搗節(宮崎)」

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宮崎県東臼杵郡椎葉村に伝わる労作唄であり、現在では九州の代表的民謡として一般に愛唱されている。

椎葉村は熊本県に近い山村で、米はとれず傾斜のきつい山肌に焼き畑をつくり、稗、粟などを植えて常食としてきた。人家は山のあちこちに点在していて普段は寂しいが、冬の農閑期になると親しい者同士が集まり、立て臼を囲んで威勢よく稗搗きをする。その時の唄なのである。

歌詞のモチーフは、1185年壇ノ浦の戦いで敗れ、この地に逃れた平家残党の鶴富姫と、源氏の追討使那須大八郎宗久との伝説を唄っている。
那須大八と鶴富姫は、現在の上椎葉部落の鶴富屋敷で恋仲となった。大八は武士を捨てて共に暮らそうとするが、鎌倉の大将軍源頼朝から帰還の通達を受け、涙ながらにこの地を去った。この時、鶴富姫は大八の子どもを身ごもっていたという。有名な大八と鶴富姫の悲恋物語である。

現在残っている節は、椎葉村出身の民謡歌手椎葉幸之助の幸之助節、永友勝美が一般受けするように改作した長友節、そして地元に残る元唄の三種類である。南国の民謡らしい陽旋法が親しみやすさを醸し出している。

庭の山椒の木 鳴る鈴かけてヨ オーホイ
鈴の鳴る時きゃ 出ておじゃれヨ

鈴の鳴る時きゃ なんと言うて出ましょう
駒に水呉りょと 言うて出ましょ

おまや平家の 公達流れ
おどま追討の 那須の末

那須の大八 鶴富捨てて
椎葉立つ時きゃ 目に涙

なんぼ搗いても この稗搗けぬ
どこの御蔵の 下積みか

(宝謹メモ)
およそマイナーペンタトニックが多い日本民謡の中で、メジャーペンタトニックを誰でも咄嗟に思い出せるのは、木曽節とこの稗搗節でしょう。そりゃよくよく考えれば河内音頭、江州音頭、デカンショ節、相馬盆唄、北海盆唄、安曇節、そうだろ節など、次々と出てきますけれどもね・・・

平家落人伝説の総仕上げ(という言い方は平家に失礼ですが)に相応しい品格とモチーフを持っています。この曲を好きな方は多いでしょうし、初めて聴いた方もファンになることうけあいです。

ここはもう四の五の言わず、この曲の美しさを存分に味わいましょう。