トップ » 大本命!日本民謡四方山話 » 解説A16「小諸馬子唄(長野)」

解説A16「小諸馬子唄(長野)」

解説A16「小諸馬子唄(長野)」

<姉妹版のポッドキャストhttp://radio.po-di-um.net/に沿ってお送りしております>

小諸馬子唄は追分民謡の原点である。

長野県は日本の中心で山国でもあり、峠などの難所が各地にあるので馬子唄が多く、追分宿辺りで馬子たちが駄賃つけの馬を曳きながら唄った「追分馬子唄」のほか、10曲ほどがある。
中でも全国的に知られているこの「小諸馬子唄」は、碓氷峠を中心に中山道を往来する馬喰たちのおおらかな道中唄であるが、前述の数多くからなる馬子唄とは曲節的には別のものらしい。また「小諸馬子唄」と呼ばれるようになったのも”小諸出てみよ”の歌詞が知られるようになった昭和12年以降のことである。

碓氷峠は、長野県北佐久郡と群馬県碓氷郡の境にある峠である。東海道の箱根に匹敵する中山道きっての難所で、交通上の要所でもあったため、元和2年には関所が開設された。

この唄が、追分宿の三味線にのって信濃追分と命名され、北前船によって越後から日本海を北上し、北海道に渡って有名な江差追分になったといわれる。小諸は追分の原点という所以である。

この馬子唄が完成された要素は主に二つ。
古来より中央高地には、毎年80頭もの馬を献上していた宮牧が16あり、他に私牧も多く、農耕、乗用、食用として農家に於いては家族の大切な一員であったということ。
また馬喰の出身は農村人であり、常に農山村に出入りしていたので、草刈唄など山の労働から生まれた唄が背景になったことなどと、言われている。

*ハイーハイ
小諸出てみろエ *ハイ
浅間のエ *ハイ
山に *ハイーハイ
今朝も煙がエ *ハイ
エー 三筋立つ *ハイーハイ

黒馬(あお)よ鳴くなよ もう家(うち)ゃ近い
森の中から 火が見える

浅間根越(ねごし)の 焼け野の中に
あやめ咲くとは しおらしや

浅間山さん なぜ焼けしゃんす
裾に三宿(さんしゅく) 持ちながら
*三宿=軽井沢、沓掛(くつかけ)、追分(おいわけ)
 または、「三四九」で、16才娘の意

浅間山から 出てくる水は
雨も降らぬに 笹濁り

小諸出ぬけて 四谷の清水
飲んで追分 一駆けに

西は追分 東は関所
せめて峠の 茶屋までも

ここはどこだと 馬子衆に問えば
ここは信州 中山道

<宝謹メモ>
伝搬距離の長さベスト4の民謡のなかで、3番目の総延長を誇るのが追分節、そのもとになったのがこの小諸馬子唄なのです。中でも追分は、その変遷ぶりが凄まじいことも特筆すべきですよ。でも西へ伝搬していったものは、馬子唄、馬方節などのネーミングで(東北地方にも同様のものはありますが)比較的、原型を留めてはいます。
まぁ、詳しくはお聴き戴くのが一番なので、ポッドキャスト(アドレスは上記)の3回目、4回目をどうぞ!