知恵を絞る 2

知恵を絞る 2

 今後20年間で日本の老人数はピークを迎えます。

20年という時間では老人の質も変わっていくでしょうが、おそらく「日本民謡 =年寄りの音楽」の図式は概ね固定されるでしょう。しかし若年層へのアプローチも同時に必要です。 いまの現状にのみ頼っていては、ある日突然バッタリと途絶えます。何故なら、今から20年でピークとは即ち、第一次ベビーブーム前後の世代以降は平均寿命が縮んでいく計算になるからです。

添加物育ちで電磁波漬け、更に環境汚染に囲まれた生活を余儀無くされる世代が、長寿な訳がないでしょう。

それでも、幸い昨今は日本民謡にも新しい風が吹いていますし、既に学校音楽教育(中学。高校は来年度)に邦楽が入っています。

今までは特定の地方でだけでしたし、施行間もない今年度は「週5日制」との兼ね合いにより手探りの状態ですが、今後都市部も含めて全国的に学校が媒体になるという事で、将来性が期待出来ます。

同時に、近年の民謡レベルは次第に若い世代でないと達成不可能なものになってきました。

津軽三味線は序々に楽器としての可能性を他方面に広げつつあり、唄も女性キーは年々高くなってきています。アレンジも色んなアーティストが様々な取組みを加速させており、その種類も着実に増えてきています。踊りも非常に激しい動きを伴うようになり、同様な事はとても年配者には無理なものもあります。

若い力に満ちたこの状況を何とか取り入れたいと思うのは、関係者が勿論一様に望む処でしょうが、如何せん従来の会主先生方は、若者を今までのようにお教室に通わせようとしておられます。

畏れ乍ら、これがもう時代錯誤なのです。

 昨今の世情では若い世代は働くのに必死で、たとえ趣味を持っていても時間とお金を充分積み重ねる領域までは手が届かず、またそういう趣味を「重たい」と感じる風潮や、そうまでしてやりたい趣味が民謡である可能性はまだ少ないのが現状です。

手前共独自の規定に於てなら、それはいささかでも効果を挙げている事は先月号でも述べましたが、今後効果的なのはやはり、学校を媒体とする手法でしょう。

まず先生自身が自分を高め、次に学校現場が求めるもの、やりたい事柄を、アイデアで叶えていくのです。ただ、悪名高き(といっては語弊か)週5日制の影響をまともに受けた芸術科目は、まるで逼塞とも言うべき状況らしいですが、それでも辛抱強く根気良く食い下がって智恵を絞る価値はあると思います。

日本人が邦楽と接するのに「敷居が高いことがステイタスでありプライド」というような印象を、お師匠さんが何時までも与えているようでは、自分で自分の首を絞める事になります。それを効率良く払拭できる場が学校であり、また会主先生の進化という側面を考えれば、学校現場でシステマチック且つコンスタントに指導出来るという事が、これからの必須条件になるのが理想です。

といって、今までにありがちな、各々が自己の栄達のみを掲げてバラバラに猪突猛進するという形はもう避けねばなりません。 いたづらに現場での混乱を生じ、巡り巡ってそれはやがて、再びの邦楽離れという結果に結びつきかねないからです。

 私が考える現時点でのベストは、日本民謡に思いを致す識者や意欲ある方々も含め、所謂「勝ち組」会主先生方が、地域単位ででも各々で集まってネットワークを構築し、 次に、論調や方針、手法や方向性に最低限の統一感を持たせ、複数でシステマチックに進める事です。

教育界は既成概念や学閥意識が強い世界で、一人や二人など個人の力だけでは到底実現は難しいのではありますが、「文部科学省の方針」という折角のチャンスであるし、それがたとえ「週5日制」という安住できない環境ではあっても、将来の進化、世界観の構築という大義名分の為には、是非とも智恵を絞るべきなのです。