ゴルフに乗って
ゴルフに乗って
過日、自車を修理に出した都合で、4~5日の間フォルクスワーゲンのゴルフに乗る機会がありました。かなりの低年式で、しかも左ハンドル。これが非常にユニークな体験をさせてくれましたので、
今回のテーマは、いつもの趣きから少し気軽に、その時の体験を元にした徒然の雑感にしたいと思います。
車は、その国の国民性を写し出すと言われています。 ドイツ人は「頑固一徹」と言われますが、やはり「その通り」という印象でした。
まず、
・ドアノブは扱いにくい。でも開け閉めに力は殆ど要らない。
・シートはかなり堅いが、サイズが大きい分違和感はない。
・パネルの作りは無骨そのもの。まるで口をへの字に結んだ何処かの親父の表情のよう。
・・・っとまあ、第一印象はこんな感じでした。
次にエンジンをかけると、
・でかくて乾いたセルの音。エンジン音も五月蝿くてず太く、車内に響く振動もかなりのもの。
・走り出したら今度はシフトショックがキツイ。騒音も大きい。
・ただ、その分トルクは太く、立ち上がりは遅いがよく引っ張る。
・そして燃費はすこぶる悪い。
そしてお決まりの余談ですが、左ハンドルは初めてでしたので、慣れるまでは案の定、 走行中右サイドに片寄ったり、ウインカーのつもりがワイパーだったり、駐車時では寄せ過ぎて降りられなかったりと、 一通りのネタは踏襲(笑)したものでした。
大体ご想像出来たでしょうか?
これらを総合してみると、
車は走る道具! 安全は頑丈が鉄則! 早く走る為なら燃料は相当量必要が当然!
そういうポリシーなのでしょうね。当たり前でシンプルで、すこぶる判り易いと思います。かたや日本車の場合、 そのままでは無骨だから少しでも美しく、高性能にしようとします。前述の項目のほぼ全てが柔和であるのが、日本車でしょう。
欧州は、その入り組んだ大陸の中に様々な国家と文化がひしめきあっています。それも、 特に秀でた人種や、圧倒的な何かがある訳ではなく、それぞれ似たり寄ったりの事柄が割拠しています。 それ故かえって、個々のアピールが強烈になります。
些細な妥協でも負けを意味する。つまり戦いの歴史を繰り返してきた中にあって、妥協は死活問題なのかも知れません。
しかし日本は違います。聖徳太子が「日出ずる国」などと大見得を切れたのは、四方を海に守られているからでした。 その証拠に朝鮮半島は、過度の服従を余儀無くされてもなお、漢民族の圧倒的な軍事力に何度も蹂躙されてきた歴史を持ちます。 いきおい、朝鮮民族の個性も強烈にならざるを得ません。
大和民族はもともと、五大陸人種の混血種族といわれ、それが「だいわ」(大いに和するの意)と名付けられた所以です。 その故か否か、全てを含み、受け入れ、概して否定しません。
それを表すいい例として現代の日本人は、 正月は宮詣でをし、春と秋には彼岸法要を営み、夏は山や海で西洋風のバカンスを楽しみ乍ら、盆踊りに興ずる。
年末はクリスマスを祝ったかと思えば、直後に除夜の鐘を感慨深げに拝む。
結婚式は教会で挙げ、七五三は神社、葬式はお寺で送り出す。
ラーメン、パスタ、カレー、キャビア、スモークサーモン、勿論お米に味噌汁におせち・・・
とにかく、全てを受け入れています。一見ポリシーが無いと思えるこの現象は、 しかし考え方によっては、最も平和主義であるとも言えなくはないでしょうか?
おまけに四方を海に守られた山国で、二十四節気の如く感性が細やかで、四季折々の幸や風情に恵まれたとあっては、 柔和になるのも当然といえるかも知れません。
そう考えると、逆に、ゴルフのあの無骨さ、頑固さも、なんだかとても愛おしく思え、しみじみと愛着が湧いてくるような気がします。
確かに、柔和で静かな車に慣れていると正直、無骨は疲れますが、その頑固そうな車の表情に思わず鼻笑いが出る時、
ほんの少しですが、疲れが和みに変わりもします。
それが、ゴルフ流なのかもしれませんね。